デカルトの「幾何学」(方法序説の付録,1637)には
などの記号が登場し,等号の記号
と2乗の記号 xx を除けば,現代の記号が使われている.実は,この本で初めて,このような現代の記号がそろったのである.逆に言えば,デカルトの記号がその後普及したのである.半世紀前(1591)にヴィエトは未知数を A などの母音文字で表し,既知数を B などの子音文字で表すことを始め,記号代数の創始者とよばれている.しかし,未知数にアルファベット末尾の文字 x,y,z などを用いたのはデカルトが最初である.また,x3, x4 などの指数記号もデカルトに始まる.等号 = はすでに,1543年にイギリスのレコードの算術書に使われていたが,まだ普及していなかったので,デカルトが独自の記号を考案したのである.実は、イギリスでは,ハリオットが1631年に記号 = を復活させていた.演算記号の +,- はドイツのウィドマンの算術書(1489)で初めて使われ,根号 √ はドイツのルドルフによって1525年に導入された.
記号代数学の背景には,インド・アラビア数字(算用数字)とその計算法の普及がある.算用数字 1,2,3,4,5,6,7,8,9 の起源は古代インド(紀元前)のバラモン数字とされているが,零 0 と位取り記数法が初めて登場した時期は6〜7世紀頃ではないかと考えられている.その後,このインド数字はイスラム勢力の東進で,インドと接触したアラビア諸国に伝わった.749年に始まるアッバース朝はバグダッドに首都をおき,文化水準を高めた.9世紀には,アル・フアリズミーが「インド記数法」を著している.この本は,12世紀前半にラテン語に訳され,インド・アラビア数字がヨーロッパに知られる元になった.ローマ帝国以降,ヨーロッパではローマ数字が用いられ,計算は計算玉を用いる計算板が利用されていた.ただ,数字の字体は時代と共に変化し,東アラビアと西アラビア(スペイン)ではかなり異なった字体になった.現在の数字は西アラビアの数字に近いものである.東アラビアの字体は現在もエジプトなど多くの国で用いられている.算用数字とよばれるように,インド・アラビア数字は筆算の計算を可能にすることから,大変有用である.ピサのレオナルドによる算術書(1205)を始めとして,多くの算術書が出版された.主な算術書としては,イタリアのパチオリ(1494),ドイツのリーゼ(1550),イギリスのレコード(1543),フランスのド・ラロッシュ(1520)などがある.ちなみに,グーテンベルグによる印刷術の発明は1447年である.例えば,パチオリはかけ算の計算法を8通り解説しているという.ルネッサンス期(14世紀〜16世紀)にはインド・アラビア数字とその計算法が普及したのである.
1)イタリアのパチオリ(1494)は,x, x2, x3 を cosa, censo, cubo(causa, census, cubus のイタリア語)の略号 co, ce, cu で表し,x4, x6 は cece, cucu (あるいは cecece)で表した.また,加法減法は p, m で表した.タルターリア(イタリア,1560)もこの記号を踏襲している.ドイツ,イギリスでは,ウィドマンの +,- とこのパチオリの記号 co, ce, cu のドイツ字版を組み合わせたものが用いられた.ルドルフ(ドイツ,1525),レコード(イギリス,1557),シュティフェル(ドイツ,1544)などである.後には,cuce は (x3)2 すなわち x6 を表すようになった.また,ヴィエトも数係数の場合には,N, Q, C を co, ce, cu の意味で用いた.
2)ガリガイ(イタリア,1521),ブテオン(フランス,1559)の独自記号は普及しなかった.
3)指数を用いた最初はフランスのシュケ(1484)であり,未知数を表す文字は用いないで単に 22 で 2x2 を表した.ボムベッリ(イタリア,1572)も同様な記号を用いている.17世紀になって,ジラール(1629)は (1), (2), (3) で,ステヴィン(ベルギー,1634)は @,A,B で x, x2, x3 を表した.
4)ハリオット(イギリス,1631)は並列記号 aa,aaa,aaaa で x2, x3, x4 を表した.また,フランスでは x2, x3 に相当するエリゴーヌ(1634)の記号 a2, a3 やヒューム(1636)の記号 Aii, Aiii が登場し,デカルトの記号に近くなった.
