ユークリッドの原論

ユークリッドの原論

酒井文雄



(2002年6月記)
幾何学の源流はユークリッドによる 原論(Elements)である.漢訳名は幾何原本(前半6巻は1607年にマテオ・リッチと徐光啓により漢訳された)であるがここでは日本語版([6])に従って原論ということにする.原論には序文,前書きのようなものは一切存在しない.また,動機や計算例も書かれていない.ただ,定義,公理,定理,証明が続くのみである.全体は13巻で構成されているが,各巻の構成は以下の通りである.最初の6巻は初等平面幾何,次の3巻は数論,X巻は無理数論,最後の3巻は立体幾何学である.ここでは,原論の歴史と内容について概観することにする.

目次

  1. 古代ギリシャ
  2. 原論の成立
  3. 原論の伝承
  4. 原論の教育史
  5. 原論の内容
  6. 参考文献

古代ギリシャ

紀元前9世紀頃から,古代ギリシャにはアテネやスパルタなどポリスとよばれる多くの都市国家が併存した.紀元前5世紀前半のペルシャとの戦争や紀元前5世紀後半から4世紀前半のポリス間覇権戦争が続いたが,一貫して,アテネはギリシャ文化の中心地であった.BC.387 年にプラトンはアテネに研究教育機関アカデミーを創設した.このアカデミーの入り口には「幾何学を知らざるもの,ここに入るべからず」と刻んであったという. BC.338年にギリシャはマケドニアに統一された.マケドニアのアレクサンダー大王は広い領土を獲得したが,大王の没後,エジプトにはプトレマイオス朝が興った.エジプトのアレクサンドリアにはムゼイオン(図書館,研究所)が創設され,紀元後4世紀頃までギリシャ文化の中心であった.数学においても,紀元前には,ユークリッド,アルキメデス(生涯の大部分はシラクサで生活したと考えられている),アポロニウス,紀元後には,ヘロン,パップス,ディオファントスなどが活躍した.

原論の成立

原論の成立に関わるギリシャ数学史の主な情報源は5世紀のプロクロスによる原論の注釈(日本語訳が [6], p.461に掲載されている)である.原論自身に何も書かれていないことと,原論以外の資料がほとんど失われている中で,この注釈は大変貴重な資料である([4],[6] 参照).それによると,原論はプラトンの創設したアカデミーにおける研究成果を集大成したものとされている.さらに,原論に先行する「原」原論を編集したというヒポクラテス,レオン,テウディオスのことが言及されている.なお,ユークリッドが原論を執筆したのはアレクサンドリアであると考えられているが,はっきりした根拠はないようである.

原論の伝承

原論の伝承には長い歴史がある([4],[6] 参照).原論が元々書かれたパピルス本は断片が残っているのみである.現存する最も古い(9世紀)写本は羊皮紙に書かれていている.さて,9世紀頃にはいくつかのアラビア語版が作られ,12世紀にはアラビア語版からラテン語版が作られた.バースのアデラード版(12世紀前半)やクレモナのゲラルド版(12世紀後半)である.原論が最初に印刷されたのは1482年のことである.印刷者はドイツのラトルトであり,内容は13世紀のカンパヌスのラテン語版であった.このラテン語版は既存の訳の編集ではないかと考えられている.ギリシャ語写本(テオン版)からのラテン語版も1505年のザムベッティ版を始めとして,16世紀にはコマンディーノ版やクラウディウス版などが出版された.ビリングスリーによる最初の英訳は1570年であった.19世紀になって,原形に近いと考えられている非テオン版の写本が偶然ヴァティカン図書館で発見された.デンマークの古典文献学者ハイベルグはこの写本に校訂を重ねて,現在流布しているギリシャ語テキストを作成した(1883年).現行の英訳本はヒースによるものである(1908年).また,日本語版[6]の出版は1971年である.

原論の教育史

各国におけるユークリッド幾何学の教育史も興味深いテーマである.1794年に出版されたルジャンドルの教科書 Elements de geometrie は原論を簡易化し,より理解しやすくしたものであったので,その後の初等幾何学教科書の多くの規範になった([3] 参照).

原論の内容

原論がどのように書かれているか,主な内容をピックアップしてみよう(日本語版 [6] 参照).インターネット上には英語版 [9][10]があるので,参照には大変便利である.

T U V W X,Y Z,[,\ ] ]T ]U ]V

T巻

原論の第I巻は定義,公理,公準で始まり,三角形の合同,定規とコンパスによる作図,平行線の性質などの後,ピタゴラスの定理で終わる.定義は23個あり,次のような調子である.ここで,線という用語は曲線という意味で用いられている.

定義

  1. 点は部分をもたないものである.
  2. 線とは幅のない長さである.
  3. 線の端は点である.
  4. 直線とはその上にある点について一様な線である.
  5. 面は長さと幅のみをもつものである.
自明として受け入れられる性質を公理(axioms) または共通概念 (common notions)とよび,要請あるいは仮定されるべき性質を公準(postulate)とよんでいる.

公理

  1. 同じものに等しいものは互いに等しい.
  2. 等しいものに等しいものを加えれば,また等しい.
  3. 等しいものから,等しいものを引けば,残りは等しい.
  4. 互いに重なり合うものは互いに等しい.
  5. 全体は部分より大きい.
公理 1,2,3 は次のような演算のルールを述べていることになる.

公準

  1. 任意の点から任意の点へ直線を引くこと.
  2. 有限な直線を連続的に直線に延長すること.
  3. 任意の点を中心とする任意の半径の円を描くこと.
  4. すべての直角は互いに等しい.
  5. 直線が2直線と交わるとき,同じ側の内角の和が2直角より小さいなら,この2直線は限りなく延長されたとき,内角の和が2直角より小さい側において交わる.

以下,記号 T- 4 はT巻の4番目の命題という意味で用いる.最初の命題(I-1)は正三角形の作図である.次の命題(T- 2) は長さを移動する作図法である.

点 A と線分 BC が与えられたとき,正三角形 ABD をまず描き,辺 DB を延長して,B を中心として半径 BC の円との交わりを E とし,今度は D を中心として半径 DE の円を描き,直線 DA との交わりを F とすると,AF が A から長さ BC の点であるという作図法である.これによると,コンパスとは円を描く道具であって,長さを移す道具ではないとされていたことがわかる.

命題[I-29]

平行線の2つの錯角は等しい.

証明には公準5が用いられる.2つの錯角が等しくなければ,平行線でなくなってしまうという論法である.

命題[I-32]

三角形の内角の和は2直角である.

上記のように平行線を引き,平行線の性質を使えばよい.

命題[I-35]

底辺と高さの等しい平行四辺形の面積は等しい.

2つの平行四辺形を合同な2つの三角形から共通な3角形を除いて別の共通な三角形を加えた図形と考えればよい.

命題[I-37]

底辺と高さの等しい三角形の面積は等しい.

T巻の最後にはピタゴラスの定理とその逆が述べられている.

命題[I-47]

直角三角形において直角の対辺の上の正方形は直角をはさむ2辺の上の正方形の和に等しい.

その証明は次の図のように三角形の合同と面積を用いるものである.

ピタゴラスの定理には他の証明も多く知られている.次のような並べ替えを利用した証明も面白い.

U巻,幾何算術(図形的代数)

命題[U-4]

正方形は2つの正方形と長方形の2倍との和に等しい.

これは

(a + b)2 = a2 + 2ab + b2

の図形的説明である.

命題[U-14]

2次方程式 x2 = ab の図形的な解法がの述べられている.

証明にはピタゴラスの定理が使われる.ここでは,ab は長方形と考えられ,x2 は1辺 x の正方形の面積と理解されている.

V巻,円の幾何学

V巻では円に関する定理,円の中心の作図,円と接線,割線の定理が述べられている.

命題[V- 17]

与えられた点から円への接線の作図法. ユークリッドの作図法は次のようなものである.点 A と円の中心 O を結び,円との交点に垂線を引き,円との交点を求め,その点と O を結ぶ直線と円との交点が求める接点になる(理由は三角形の合同である)

円周角を用いる作図など,別解もいろいろある.

命題[V-20]

円周角は中心角の1/2である.

命題[V-31]

直径の円周角は直角である.

命題[V-21]

同じ円弧の円周角は等しい.

問題[V-22]

円に内接する四辺形の対角の和は2直角に等しい.このことを示せ.

命題[V-35,方べきの定理]

円 O 内の1点 P を通る直線と円との交点を Q,R とすれば,積 PQ・PR は直線によらず一定である.

相似三角形を用いる証明ではなく,ピタゴラスの定理を用いて,等式

PQ・PR = 半径2 - PO2

を証明している.

W巻,円に内接および外接する図形

円に内接あるいは外接する3角形,正方形,正5角形,正6角形などを作図する方法が述べられている.

問題

正5角形を作図せよ.

X巻,比例の一般論,Y巻,図形の相似

命題[VI-2]

相似三角形の辺は比例する.

辺の比を面積の比で考えればよい.

Z,[,\巻,数論

自然数,奇数,偶数,素数,合成数,正方数,立方数,完全数などが登場する.数は線分で表され,単位の倍数で測られる.最大公約数を求める効率的な方法であるユークリッドの互除法が解説されている(Z-2).自然数 a,b の最大公約数を求めるのに,もし,a が b を割り切れば,a が a,b の最大公約数である.そうでないときは,大きい方から小さい方を引けば,いつかは最大公約数に達するというのが元々のユークリッドの互徐法である.例えば,24 と 15 で実行してみよう.15 は 24 を割らないので,24 - 15 = 9,15 - 9 = 6,9 - 6 = 3 となり,3 が最大公約数であることが分かる.

命題[[-20]

素数の個数は無限である.

現在の証明であれば,素数が有限個しかないとして,その個数を n とし,素数の集合を p1,..., pn で表すという議論をするのであるが,一般の個数 n を用いるという習慣がまだ知られていない時代であったので,素数の個数が3個であるとして議論がされている.それでも証明の本質的な部分が失われていないのはさすがである.現代の証明を続ける.数 p=1 + p1... pn はどの素数よりも大きいので,合成数である.定義から,p は素数 pi では割り切れない.合成数は必ず素数で割り切れるので(Z-31),これは矛盾である.

]巻,無理数

例えば,有理数 a の平方根が有理数であるのは a が平方数分の平方数であるときに限ることが示されている(]-9).

問題

3 の平方根が無理数であることを証明せよ.

]T巻,立体幾何学

最初に立体幾何の定義が述べられている.

定義

  1. 立体とは長さと幅と高さをもつものである.
  2. 立体の端は面である.
  3. 直線は交わる平面上のすべての直線と直角をなすとき,その平面と直角であるという.
  4. 平行な平面とは交わらない平面である.
  5. 角錐とは数個の平面によって囲まれ,一つの平面を底面とし,一つの点を頂点としてつくられる立体である.

問題[]T-11]

与えられた点から平面へ垂線を引く方法を考えよ.

]U巻,体積

とりつくし法により,角錐,円錐,円柱などの体積が求められている.

問題

3角錐の体積が三角柱の体積の1/3であることを証明して見よ.また,積分を用いる方法を解説せよ.

]V巻,正多面体

原論のクライマックスである.各正多面体の一辺と外接球の半径の比が求められている.最後の命題(]V-18)は正多面体が,正4面体,立方体,正8面体,正12面体,正20面体の5個のみであることの証明である.

参考文献

  1. 伊東俊太郎:十二世紀ルネサンス.岩波書店,1993
  2. 宇沢弘文:好きになる数学入門2.岩波書店,1999
  3. 小倉金之助:数学教育史(改訂版).岩波書店,1973
  4. 斎藤憲:ユークリッド「原論」の成立.東大出版会,1997
  5. ヒース(平田寛他訳):ギリシャ数学史.共立出版,1959
  6. ユークリッド(中村幸四郎他訳):ユークリッド原論.共立出版,1971
  7. Hartshorne,R.:Companion to Euclid. Amer. Math. Soc., 1997
  8. Katz,V.J.:A History of Mathematics. Second Edition, Addison-Wesley, 1998
  9. Byrne,O.:The Elements of Euclid.
  10. Joyce,D.:Euclid's Elements.


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