ニュートンの生涯

ニュートンの生涯

出来事
1642ウールスソープにおいて誕生(ケンブリッジ北方80km)
1655グランサムのグラマー・スクール入学
1660王政復古
1661トリニティ・カレッジ入学(ケンブリッジ大学)
1663バロー,初代ルーカス教授(自然科学講座)
1664デカルト「幾何学」熟読
数学の論文執筆
1665一月卒業,非球面レンズ,微分法発見
大学閉鎖(ペスト流行)のためウールスソープ帰郷
1666流率に関する10月論文
1667マイナーフェロー就任
「化学用語辞典」作成
1668メジャー・フェロー,マスター・オブ・アーツ
反射望遠鏡製作
1669「無限級数の解析」(刊行1711)
ルーカス教授就任
1671「流率法と無限級数」(刊行1736)
1672 「光と色」新理論発表,フックと光学論争
1675 「光の性質を説明する仮説」(刊行1757)
1676 ライプニッツへの前の書簡,後の書簡
1677ライプニッツからニュートンへ微積分法を説明する手紙
1678化学実験ノート開始
1679母死亡,フックとの手紙交換
1680フック逆二乗則を伝える,化学索引の作成開始
1684ハレー(ハレー彗星の発見者)来訪,「物体の軌道論」
ライプニッツ微積分法公表
1686「プリンキア」第一部の原稿
1687「プリンキピア」刊行
1689大学選出の国会議員
1690「ダニエル書と聖ヨハネの黙示録の預言についての考察」
「聖書の顕著なる改竄について」(刊行1754)
1692「酸の本性」(刊行1710)
1693鬱病
1696造幣局監事
1699造幣局長官
1702「月の理論」刊行
1703王立協会会長就任
1704「光学」英語版刊行(付録「曲線図形の求積法」)
1705ナイトに叙せられる
1707「一般算術」刊行(1673−1683の講義録)
1714ライプニッツ死去
1717「光学」第二版刊行
1725「ニュートンの年代記」無断刊行
1726 「プリンキピア」第三版刊行
1727死亡
           
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