第5章

無限集合


無限集合には有限集合にない不思議な現象が起こることが次第に明らかになってきた.このことに気付き,19世紀末に集合論を創始したのはカントールである.

5.1 無限集合

カントールは無限集合の元の個数を比較しようとして,二つの集合が対等であるという概念に到達した.有限集合 A の真部分集合 B については,B の個数が A の個数と等しくないことは明らかであるが(有限集合の基本定理),無限集合についてはそうではないのである. 自然数の集合 N において,偶数全体の集合 2N = {2,4,6,・・・} はもちろん N の真部分集合ではあるが,N と対等である.実際,写像 N ∋ n → 2n ∈ 2N は全単射写像である.

定義 5.1 N と対等な集合を可算無限集合であるという.

定理 5.2 正の有理数全体の集合は可算無限集合である.

5.2 ツォルンの補題

ツォルンの補題にについて述べる.まず,順序集合について復習しておく.集合 A の関係で,次の条件を満たす関係 順序関係または簡単に順序という.順序の定義された集合を順序集合という.

  1. a ≦ a (反射律)
  2. a ≦ b かつ b ≦ a ならば,a = b (反対称律)
  3. a ≦ b, b ≦ c ならば a ≦ c (推移律)

順序集合 A の任意の2元 a,b に対して,a > b, a = b, a < b のどれか1つが成立する場合,≦ を全順序とよぶ.

定義 5.3 順序集合 A の元 a が A の極大元であるとは,a < x となる元 x が存在しないことをいう.部分集合 B ⊂ A に対して,元 a ∈ A が B の上界であるとは,B のすべての元 x について,x ≦ a が成立することをいう.

補題 5.4ツォルンの補題) 順序集合 A のすべての全順序部分集合に上界が存在すれば,A には極大元が存在する.

このツォルンの補題は通常の意味で証明することはできないが,次の選択公理と同値であることが知られている.

選択公理 集合 A の空でない部分集合の族 {Bλ} λ∈Λ が与えられたとき,各 Bλ から,1つの元 bλ を選んで部分集合を構成することができる.

選択公理は直感的には明らかなように思えることであるが,集合論の中では難しい議論のある所である.ただ,通常の数学の世界では選択公理あるいはツォルンの補題を用いて証明することは自由に行われている.推論の中で,無意識の内に選択公理を使っていることもある.ここでは,ツォルンの補題や選択公理を用いないと証明することができない事柄をいくつか列挙しておく.

  1. [集合論] 無限集合 A には可算無限個の部分集合が存在する.
  2. [集合論] 極小条件の特徴づけ.
  3. [集合論] 可算集合の和集合は可算集合である.
  4. [位相] 連続関数の定義の同値性.
  5. [位相] 閉包の定義の同値性.
  6. [位相] 距離空間におけるコンパクトと点列コンパクトの同義性.
  7. [線形空間] 無限次元ベクトル空間の基底の存在.V を体 K 上の無限次元ベクトル空間とする.B を有限部分集合が K 上1次独立であるような V の部分集合の族とする.包含関係により,B は順序集合になる.このとき,B の全順序部分集合 B1 ⊂ B2 ⊂ ・・・⊂ があれば, ∪ Bn は上界である.したがって,ツォルンの補題により,B には極大元 B が存在する.このとき,B は V の基底である.
  8. [代数学] 一般の環における極大イデアルの存在.
  9. [代数学] 体の代数的閉包の存在.
  10. [解析学] ハーン・バナッハの拡張定理.