イアフォンコード、結び目、DNA

数学 下川航也 (2010年7月)


普段、イアフォンなどで音楽を聞かれている方は、ポケットにしまったイアフォンのコードが度々絡むことに困っていると思います。 実は、この「イアフォンコードが絡むこと」は、きわめて自然であることが数学的に証明されています。

このような問題を扱う数学の分野は、「結び目理論」と言います。 幾何学のトポロジーの一分野です。結び目理論では、「ひもの結び方がどれくらいあるか?」というような問題を、数学的に100年以上前から熱心に研究しています。

例えば、次のようなひもの結び方を考えましょう。

ここで得られる結び目は、端を抑えている手を離してしまうと次のように解けてしまいます。

そこで、結び方を研究するためには、解けないように端同士を繋ぎます。

このようにして得られたものを結び目と呼ぶことにします。ひもを切らずに動かして同じ形に出来るとき、2つの結び目は同じであると言われます。同じでない結び目は無限に存在することが数学的に証明されています。例えば、次に挙げる結び目は、全て異なるものです。



ひもの本数が多い場合には、絡み目と呼ばれます。以下は絡み目の例です。



結び目理論では、次の定理が知られています。

定理(Sumners-Whittington 1988年, Pippenger 1989年、Diao 1995年, Diao-Pippenger-Sumners 1996年など)
容器の中に十分長いひもが入っていると、ひもが結ばれている確率は高い。 特に、ひもの長さが長くなると、結ばれている確率は100%に近づく。

ですから、ポケットの中に長いコードが入っていると、絡まっていることは自然であるということが出来ます。。 この証明では、ひもが長くなると、一番初めにひもの結び方として挙げた形が、そのひもに局所的に表れる確率が高くなるということを示しています。

逆にひもが短いと結び目を作ることは出来ません。次の定理も知られています。

定理(Denne-Diao-Sullivan 2006年)
太さが1cmのひもでは、15.66cm以上長さがないと、閉じた結び目を作ることが出来ない。

ここで、 閉じた結び目とはひもの端同士がくっつけた結び目です。

私の研究室では、「結び目をマッチ棒で作る際に何本マッチ棒が必要か?」ということを研究しています。「マッチ棒が上下、前後、左右の方向だけ動けるときに、結び目を作ると、最低でも24本必要」ということが知られていました(Diao 1993年)。 私の研究室の結果(2008年)は 「2番目に簡単な結び目の場合は30本、3番目に簡単な結び目の場合には34本である。」 というものです。下の図はそれを実際に構成したものです。


       


このような結び目理論の研究はパズルのように思えますが、実は生物学的な応用があることが知られています。

結び目という現象はいろいろな場所で現れます。 最近ではDNAやタンパク質の構造にも結び目が現れることが分かってきました。

DNAの組み換え酵素がどのようにDNAに作用するかは,観測することが出来ません。 その目に見えない部分を、結び目理論を用いると解明することが出来ます。 DNA組み換え酵素はDNAの作る結び目の様子を変えるものがあります。 作用前のDNAと作用後のDNAの結び目を観察することにより、結び目理論の結果を用いて作用がどの様に行われているかを解明することが出来ます。 この方法を用いて、DNAの組み換え酵素Xerシステム等の作用を特徴付けることが出来ました。

タンパク質は3次構造を作る際に、結び目やそれに似た構造を局所的に構成する場合があります。 その際に「その結び目の構造を作る際に、どれだけの長さが必要か」という問題が重要になります。 上に挙げた、結び目を作る際のひもの長さやマッチ棒の本数の研究は、この分野にも応用があります。

(ここで用いた絵はソフトウエアKnotPlot(http://www.knotplot.com/)を用いて描かれています。)